宇宙からの警告の日 (記念日 1月28日)
1986年1月28日、フロリダ州ケネディ宇宙センターから打ち上げられたスペースシャトル「チャレンジャー号」は、発射からわずか73秒後に空中分解し、搭乗していた7名の乗組員全員が命を落としました。この瞬間は全米・世界中にテレビ生中継されており、何百万人もの視聴者がリアルタイムで惨事を目撃しています。
事故原因は、右側の固体燃料補助ロケット接合部を密閉するゴム製のOリングでした。事故当日の早朝、フロリダには珍しい氷点下の寒波が訪れており、低温下でOリングの弾力性が著しく低下していました。この不具合を把握していたメーカー(モートン=サイオコール社)の技術者たちは打ち上げ延期を強く進言しましたが、NASAの幹部はその警告を退けて発射を強行しました。調査委員会(ロジャース委員会)の委員を務めた物理学者リチャード・ファインマンは、テレビ中継されたヒアリングの場でOリングのサンプルを氷水に浸し、低温による弾力性の喪失を視聴者の前で実演してみせました。
この日が「宇宙からの警告の日」と呼ばれるようになった背景には、ノーベル文学賞作家・大江健三郎の小説があります。大江は1990年(平成2年)に刊行した長編SF小説『治療塔』(岩波書店)の中で、このチャレンジャー号の事故を「宇宙意思からの警告」と表現しました。同作品は、核戦争で汚染された地球から「選ばれた百万人」だけがロケットで新天地へと脱出するという物語で、大多数の人間を置き去りにするその設定は、宇宙開発の光と影、そして人類の傲慢さへの問いを孕んでいます。チャレンジャー号事故は、そのような文学的問いかけの象徴として位置づけられました。
ロジャース委員会はNASAの組織文化そのものを根本原因として指摘しています。1977年の時点ですでにOリングの欠陥は認識されていたにもかかわらず、打ち上げスケジュールへの圧力が安全管理を後退させたという構図でした。乗組員の一人、クリスタ・マコーリフは宇宙飛行士の訓練を受けた現役の教師であり、宇宙から授業を行う計画が全国の子どもたちに向けて広く告知されていたため、事故のショックはとりわけ大きいものとなりました。
チャレンジャー号の事故後、NASAはシャトルの飛行を約2年8か月停止し、安全管理体制を全面的に見直しました。技術者の倫理と組織の意思決定における問題として、現在も工学教育や経営学の場で繰り返し取り上げられる事例です。