バスガールの日 (記念日 2月2日)

バスガールの日

「初任給35円」——この数字が、1920年(大正9年)2月2日に日本の街頭で大きな話題を呼びました。東京市街自動車の乗合バスに、日本初の女性車掌「バスガール」37人が乗務を開始した日のことです。当時の女性タイピストや電話交換手の月給もおおむね30〜40円程度。バスガールの35円は、職業婦人として決して見劣りしない待遇でした。現代の感覚に換算すれば、14〜15万円相当と推定されます。

彼女たちが乗り込んだのは、東京の新宿と築地を結ぶ路線バスでした。採用されたのは19歳から30歳の女性たちで、乗務前の1月31日には南千住の教習所を卒業しています。わずか2日後に本番デビューという、慌ただしくも晴れやかな船出でした。仕事の内容は、運賃の収受や切符切り、停留所の車内アナウンス、ドアの開閉など多岐にわたりました。

制服も注目を集めました。白い襟飾りのついた洋服にベレー帽という、当時としてはモダンないでたちです。都民からは「白襟嬢(しろえりじょう)」と呼ばれ、街の人気者となりました。大正時代は「職業婦人」が社会に進出し始めた時代。タイピスト、電話交換手、デパートの店員——そうした新しい女性像の象徴として、バスガールは特別な輝きを放っていました。

バスガールの登場を後押ししたのは、前年1919年(大正8年)に東京市街自動車会社が輸入車100台でバス営業を本格化させたことです。乗客へのきめ細かなサービスと、増加する路線を支える人手の両面で、女性乗務員の採用が急務となっていました。「バスガール」という言葉自体も、この時期に生まれた新語のひとつです。やがてバスガールは全国に広がり、昭和の高度成長期まで街の風景に溶け込んでいきました。しかしワンマンバスの普及とともに車掌職そのものが縮小し、1970年代以降は姿を消していきます。一方、観光バスの女性ガイド「バスガイド」はその流れを汲む職業として今も活躍しています。バスガールの日は、女性が社会の前線に立ち始めた大正時代の息吹を、毎年2月2日に静かに伝えてくれる記念日です。