プロ野球の日 (記念日 2月5日)

プロ野球の日

月俸177円。現在の感覚では想像しにくい数字ですが、当時の大卒初任給が約64円だったことを踏まえると、その約2.7倍にあたります。1936年(昭和11年)2月5日、日本にプロ野球が誕生した瞬間、契約第1号選手となった三原脩(みはら おさむ)にはそれほどの報酬が約束されていました。東京・丸の内の日本工業倶楽部で開かれた創立総会が、日本のプロスポーツ史における最初の大きな扉を開いた日です。

この日に結成されたのが、全日本職業野球連盟(のちに日本野球連盟と改称、現在の日本野球機構の前身)です。設立時の加盟チームは7球団。東京巨人軍(現:読売ジャイアンツ)、大阪タイガース(現:阪神タイガース)、阪急軍(現:オリックス・バファローズ)、名古屋軍(現:中日ドラゴンズ)の4球団は90年近くの時を経た今も存在し続けています。一方で、東京セネタース・大東京軍・名古屋金鯱軍の3球団はその後の時代の波に飲み込まれ、姿を消しました。創設メンバーの半数以下しか残っていないという事実が、戦前から戦中にかけての激動を物語っています。

連盟設立から4日後の2月9日、名古屋の鳴海球場で東京巨人軍と名古屋金鯱軍による初の対抗試合が行われました。この試合こそが、日本プロ野球の実質的な第一歩です。当初からリーグ戦形式で運営が構想され、同年4月には第1回のリーグ戦が開幕しています。日本初の本格的な全国規模スポーツリーグの誕生でもありました。

契約第1号の三原脩はその後、選手・監督として球界に多大な足跡を残します。1950年代には西鉄ライオンズの監督として、読売ジャイアンツと壮絶なシリーズを繰り広げたことで知られ、「三原魔術」と称される知将ぶりを発揮しました。プロ野球の黎明期に177円で結ばれた契約が、後世に語り継がれる名将の出発点だったというのは、日本野球史の面白い縁です。

この記念日は「職業野球連盟設立の日」とも呼ばれます。「職業野球」という言葉が使われていた点に、当時の社会的な位置づけが見えます。スポーツを「職業」として成立させることが、まだ特別な試みだった時代。現在では1億人近い野球ファンを抱える日本のプロ野球も、7球団・月俸177円という小さな始まりから積み上げられてきたものです。