長野の日・オリンピックメモリアルデー (記念日 2月7日)

長野の日・オリンピックメモリアルデー

1998年2月7日、長野市のエムウェーブでは開会式の炎が燃え上がり、72の国・地域から4638人の選手・役員が長野冬季オリンピックに集いました。この日を永く記念するために、公益社団法人・日本青年会議所北陸信越地区長野ブロック協議会が同年に「長野の日」を制定。のちに「オリンピックメモリアルデー」の名称で日本記念日協会にも認定・登録されています。

日本代表は166人が出場し、金5・銀1・銅4の合計10個のメダルを獲得。冬季オリンピック史上最多となる記録です。

長野大会の開催テーマは「自然との共生」でした。長野・白馬・野沢温泉・軽井沢・山ノ内の5エリアに広がる会場は、いずれも北アルプスや志賀高原の豊かな自然に囲まれた土地です。延べ144万2700人の観客が足を運び、当時の冬季大会としては空前の規模となりました。大会後も「オリンピックメモリアルデー」はその理念を受け継ぎ、長野の自然と環境を見つめ直すための日として位置づけられています。

長野県議会では、この2月7日を「県民の日」として制定しようという提案が複数回にわたって議論されてきましたが、実現には至っていません。長野県にはすでに廃藩置県により長野県が誕生した11月27日を「長野県民の日」として制定する経緯があり、もう一つの記念日を設けることへの調整が難航したとされます。さらに、県内各地で大会を支えたボランティアは約3万2000人にのぼり、その多くが競技終了後も地域の環境保全活動や国際交流事業に関わり続けました。オリンピックが残したのはメダルや施設だけでなく、地域で動き続ける人のつながりでもありました。2月7日はその出発点として、長野の人々の記憶に刻まれています。