孟宗忌 (記念日 2月15日)

孟宗忌

「太陽のない街」という書名を耳にしたことがある方は多いでしょうが、その作者・徳永直(とくなが すなお)がどのような人物だったかを語れる方は意外に少ないかもしれません。孟宗忌は、1958年(昭和33年)2月28日に亡くなった徳永直の忌日です。忌日の名称は、彼の初期短編『最初の記憶』に登場する一場面、孟宗竹を削って箸を作る人々の姿にちなんでいます。素材の選び方に、労働の現場への眼差しが自ずと滲み出ています。

1899年(明治32年)1月20日、現在の熊本県熊本市西区に生まれた徳永は、小学校を卒業する前から印刷工・文選工として働き始めます。子供のころから活字と職場を知っていたわけで、後の作品群が印刷労働者を主題とするのは自然な成り行きでした。1922年(大正11年)には社会主義者・山川均を頼って上京し、労働組合運動へと身を投じます。

1926年(大正15年)の共同印刷争議で組合側は敗北します。しかしこの敗北こそが、徳永を作家として飛躍させる転機になりました。争議の体験を凝縮させた長編『太陽のない街』は、1929年(昭和4年)から雑誌『戦旗』に連載され、連載中から単行本が刊行されるほどの反響を呼びました。プロレタリア文学の旗手として、徳永の名は一躍広まります。川端康成らもその文学的達成を認め、文壇に確固たる地位を築きました。第二次世界大戦中、徳永は正面からの抵抗が困難な状況のなかで、文明開化期の技術者たちを描いた『光をかかぐる人々』を発表します。直接的なスローガンを排しながらも、労働と人間への敬意を失わないこの作品は、時代への静かな抵抗として受け取られています。戦後は新日本文学会の結成に参加し、『新日本文学』創刊号に先立ちなき妻への追悼として、下積みの女の一生を描いた『妻よねむれ』を発表しました。