中国残留孤児の日 (記念日 3月2日)
1981年(昭和56年)2月28日、中国残留孤児47名が厚生省の招待を受け、肉親を探すために初めて公式来日しました。このうち29名の身元が判明しましたが、残る18名については手がかりが得られないまま帰国することになりました。中国残留孤児が生まれた背景には、第二次世界大戦末期の極東情勢があります。当時、現在の中国東北地方(旧満州地区)には開拓団をはじめとする約150万人の日本人が暮らしていました。1945年8月、ソ連軍が満州へ侵攻し、関東軍が撤退すると、現地の日本人社会は急速に崩壊しました。逃避行の途中で親が死亡したり、混乱の中で生き別れたりして、中国に残留を余儀なくされた子供たちは数万人に上るとされています。
日本政府が定める「中国残留孤児」の定義は、両親がいずれも日本人であること、日ソ開戦が直接の原因で両親が死亡または生き別れとなったこと、そして当時12歳以下であったことの三条件を満たす人物です。長年にわたって訪日調査が続けられており、2016年(平成28年)12月31日現在、調査対象となった2,818名のうち1,284名の身元が判明しています。
1981年の初来日以降、政府による肉親捜しの調査は断続的に行われてきました。孤児たちは中国人の養父母のもとで育ち、多くが中国語しか話せない状態での来日となりました。肉親と再会を果たした人々がいる一方、身元の確認ができないまま生涯を終えた方も少なくありません。1984年には「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進に関する法律」が制定され、帰国後の生活支援や日本語習得、就労など、法的な枠組みが整備されました。帰国者とその家族を取り巻く課題は長期にわたって続いています。
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