遠山の金さんの日 (記念日 3月2日)
1840年(天保11年)2月28日、遠山金四郎景元(とおやまきんしろうかげもと)が江戸北町奉行に任命されました。桜吹雪の刺青を持つ粋な旗本という「遠山の金さん」のイメージは、後世の講談・歌舞伎・テレビドラマが作り上げたものですが、その原型となった人物が実際にこの日、奉行職に就いたのです。時代劇「遠山の金さん」の物語の骨格は、「気のいい町人に見える人物が、最後に権力者としての正体を明かして悪を征する」というものです。「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」にも共通するこの構造は、視聴者にカタルシスをもたらす定番の演出として確立されています。このパターンは遠山景元の死後、陣出達朗(じんでたつろう)の時代小説「遠山の金さん」シリーズなどを経て広く普及しました。
「遠山の金さん」のトレードマークといえば「桜吹雪」の刺青ですが、その実態には諸説あります。「右腕のみ」「桜の花びら1枚だけ」「背中に女の生首」など伝承はさまざまで、現在広く知られるイメージはテレビドラマが定着させたものです。また、ドラマのような鮮やかな名裁きをしたという史料上の記録はほとんど残っておらず、名奉行としての評判もおおむね後世の創作によるものとされています。
そもそも町奉行とは、現代でいう警察と裁判所を兼ねた役職であり、町人の調査や防災といった行政全般も担う広範な職務を持っていました。その執務場所である町奉行所は、町人から「御番所」や「御役所」と呼ばれました。江戸には北町奉行所と南町奉行所の2か所があり、北町奉行所は現在の東京駅八重洲北口付近、南町奉行所は有楽町マリオン付近に置かれていました。遠山景元はその北町奉行として、江戸の治安と行政を担う重職に就いたのです。
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