円の日 (記念日 3月4日)
「元」ではなく「円」になった理由は、実は今もわかっていません。1869年(明治2年)2月28日、明治政府は貨幣を円形とし、金銀銅の三種で構成する円貨制度を定めました。通貨単位の名称を提案したのは大蔵大輔・大隈重信でしたが、彼が最初に推したのは「元」という名称でした。なぜ「元」が退けられ「円」が採用されたのか、その経緯を示す公文書は火災で焼失してしまい、現在に至るまで確かな史料が存在しません。
日本銀行の貨幣博物館は、「円」命名の由来として三つの説を紹介しています。ひとつは、楕円形や四角形など複数の形状があった貨幣を持ち運びやすいよう円形に統一したことに由来するという説。ふたつめは、製造の手本となった香港銀貨「壱円」の表記をそのまま踏襲したという説。みっつめは、中国で「円銀」と呼ばれていた円形通貨が日本に伝わり、その呼び名が根付いたという説です。いずれも根拠となる一次史料に乏しく、どれが正解かを断言できる状態にはありません。
それ以前の日本では、「両・分・朱」という四進法の複雑な単位が使われていました。一両=四分=十六朱という体系は外国商人には理解しにくく、幕末の開国後に結ばれた通商条約では金銀の交換比率をめぐって激しい混乱が生じました。明治政府が十進法を基本とする「円・銭・厘」の新体系を導入した背景には、こうした貿易上の実務的な必要性がありました。
新制度の実施を具体的に定めた「新貨条例」が公布されたのは1871年(明治4年)のことです。この条例によって一円金貨が発行され、名実ともに「円」が日本の基軸通貨単位として機能し始めました。1869年の制定から正式な流通まで約二年を要したことになります。現在の一円硬貨は1955年(昭和30年)からアルミニウム製となり、製造コストが額面を上回るとも言われながらも、日本の物価体系を支え続けています。「円」という漢字が単純な丸い形を意味することを考えると、通貨の単位としてこれほど直感的な名前はないかもしれません。呼び名の起源は謎に包まれたままですが、150年以上にわたって変わらず使われてきたこの一文字は、日本の経済史のなかで静かな存在感を持っています。