ミスコンの日 (記念日 3月5日)
1908年(明治41年)2月28日、時事新報社が「世界美人コンクール」の日本予選として全国から写真を募集し、その審査結果を公表しました。これが日本初のミス・コンテスト(ミスコン)とされており、この日を記念して「ミスコンの日」と呼ばれています。対象は「良家の淑女」、すなわちしとやかで品格の高い独身女性に限られていました。
1等賞に輝いたのは、福岡県小倉市長・末弘直方の四女・ヒロ子(当時16歳)でした。学習院女子部3年に在学中だった彼女は、本人の承諾を得ないまま兄が応募したものでした。受賞は名誉であるはずでしたが、コンテストへの参加が学習院で大問題となり、彼女は退学処分を受けるという波乱の結末を迎えています。時代の価値観と「美」の公的な顕彰が衝突した、明治期らしい出来事といえます。
ただし、日本初のミス・コンテストを1891年(明治24年)の「東京百美人」とする説もあります。これは東京・浅草の凌雲閣(りょううんかく)の運営会社が集客目的で企画したもので、芸者約100人の写真を階段の壁に掲示し、来場者の投票で順位を決める形式でした。審査員が選ぶのではなく一般来場者が投票するという点で、現代のファン投票型コンテストに近い仕組みでした。
ミス・コンテストとは本来、「ミス(Miss)」の敬称が示す通り独身女性を対象とし、容姿を中心に審査員が優劣を判定するイベントです。上位入賞者は「美人」の肩書きを得ることから「美人コンクール」とも呼ばれます。日本では「ミス日本コンテスト」が広く知られており、藤原紀香・叶美香(ともにミス日本グランプリ)、萬田久子(ミス・ユニバース日本代表)、野際陽子(ミス立教)といった女優・タレントを輩出してきました。世界的には「ミス・ユニバース」「ミス・ワールド」「ミス・インターナショナル」「ミス・アース」の4大コンテストが知られており、このうちミス・インターナショナルは1960年に日本で創設されたもので、国際的なコンテストを日本が立ち上げた例として注目されます。明治期の一枚の写真審査から始まったミスコン文化は、120年以上を経て国内外に根づいています。