陸軍記念日 (記念日 3月10日)
1905年(明治38年)3月10日、日露戦争における最大の陸上決戦・奉天会戦で日本軍が勝利し、満州の要衝・奉天(現在の中国遼寧省・瀋陽)を占領したことを記念して、翌1906年(明治39年)から毎年3月10日が「陸軍記念日」と定められました。
奉天会戦は1905年2月20日から3月10日にかけて展開された約18日間の大規模会戦です。日本側は大山巌(おおやまいわお)元帥を満州軍総司令官とし、約25万の兵力を投入。対するロシア軍はクロパトキン大将の指揮のもと32万から35万ともいわれる兵力で迎え撃ちました。両翼包囲を主眼とした日本軍の攻勢は激烈を極め、奉天の占領には成功したものの、約7万の死傷者を出す甚大な損害を被りました。ロシア側も約9万の死傷者と多数の捕虜を失い、満州北方へ撤退を余儀なくされました。
当時の戦史上でも類を見ない規模の陸上会戦であり、この勝利は国内で大きく喧伝されました。しかし日本軍も消耗は著しく、追撃を行う余力はなく、以後の戦局は事実上膠着状態に入ります。同年5月の日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を撃滅したことと並び、この奉天占領が講和交渉を本格化させる契機となりました。
陸軍記念日の式典は年を追うごとに大規模化し、戦前の軍国主義的風潮を煽る場として機能していきました。1944年(昭和19年)の式典では東京・有楽町(現:有楽町マリオン)の朝日新聞東京本社前にも人々が集まり、戦意高揚のための各種行事が催されたと伝えられています。1906年から1945年までの約40年間にわたって祝日として位置づけられていましたが、第二次世界大戦の終結と日本の敗戦によって廃止されました。なお同様に日露戦争を起源とする「海軍記念日」(5月27日)も同じく戦後に廃止されています。