みすゞ忌 (記念日 3月10日)

みすゞ忌

「私と小鳥と鈴と」の作者として知られる童謡詩人・金子みすゞは、1930年(昭和5年)3月10日、26歳という若さで自ら命を絶ちました。その忌日にあたるこの日を「みすゞ忌」と呼び、墓がある山口県長門市仙崎の遍照寺では毎年法要が営まれています。

みすゞは1903年(明治36年)4月11日、山口県大津郡仙崎村(現・長門市仙崎)に生まれました。本名はテル。郡立大津高等女学校(現・山口県立大津緑洋高等学校)を卒業後、10代半ばから詩を作り始めます。20歳頃に同県下関市へ移り住み、雑誌「金の星」「童話」などへの投稿を本格的に始めました。その才能は童謡界の重鎮・西条八十から「若き童謡詩人の中の巨星」と評され、500編余りの作品を残しています。

しかし、結婚後の生活は詩とは裏腹に過酷なものでした。夫との不仲が深まり、詩作を禁じられて断筆を余儀なくされます。その後、夫から病をうつされたことで離婚が決まりましたが、みすゞは子との別れを目前に命を絶ちました。26年という短い生涯でした。

代表作「私と小鳥と鈴と」は現在、小学校の国語教科書に採用されることも多く、〈みんなちがって、みんないい。〉という一節は広く知られています。「大漁」はイワシの大漁に沸く人間と、海の底で弔われるイワシの群れを対比させた詩で、生命への視線の独自性がよく表れています。死後長く忘れられていたみすゞの詩は、1982年(昭和57年)に詩人・矢崎節夫が遺稿集を発見したことで再び世に出ました。

生誕100年にあたる2003年(平成15年)4月11日には、長門市仙崎の生家跡に「金子みすゞ記念館」が開館しました。館内には直筆の詩稿メモなどが展示されており、生涯と作品世界を伝えています。