サンデーホリデーの日・半ドンの日 (記念日 3月12日)

サンデーホリデーの日・半ドンの日

「半ドン」という言葉の起源は諸説あって定まっていません。一説では、江戸時代末期に長崎出島からオランダ語の「zondag(ゾンタク)」が伝わり、日曜・休日を意味するその言葉が訛って「ドンタク」となり、土曜半休を「半ドンタク」→「半ドン」と呼ぶようになったとされています。博多の祭り「どんたく」の名もここに由来します。もう一つの説は、1871年(明治4年)から皇居で毎日正午に鳴らされていた空砲(午砲、通称「ドン」)にちなむもので、土曜日は半日働いた正午の「ドン」とともに仕事が終わるため丸の内の人々の間で広まったといいます。午砲は全国の都市へと普及し、「半ドン」の言葉も日本全国に定着しました。

その「半ドン」が公的な制度として生まれたのが、1876年(明治9年)のこの日です。官公庁で土曜半休・日曜休日制が実施されましたが、その背景には欧米との交易上の摩擦がありました。それ以前は1868年(明治元年)9月の太政官布告に基づき、末尾が1と6のつく日を休日とする慣行が続いていました。月に6回ほど休日が訪れる仕組みですが、曜日が固定されないため、日曜を基準とする欧米のビジネスパートナーとの日程調整が慢性的な問題となっていたのです。そこで政府は週単位の休日制度に切り替えることを決断し、官公庁から順に欧米式の曜日休みを取り入れていきました。明治の文明開化がカレンダーの形そのものを変えた、象徴的な出来事といえます。

民間における週休二日制の先駆けは三菱電機で、1963年(昭和38年)から隔週週休二日制を導入しました。その後1980年代頃から完全週休二日制が民間に広まり、国家公務員の完全週休二日制は1992年(平成4年)5月に実施されました。

学校教育では1992年9月から第2土曜日が休日となり、1995年4月には第4土曜日も加わって月2回の土曜休みが実現。2002年度から「完全学校週5日制」が全面実施され、1876年の官公庁改革から約130年をかけて日本社会全体が週休二日制へとたどり着きました。