だがしの日 (記念日 3月12日)
「田道間守(たじまもり)」という人物の名前を、学校の授業で聞いたことがある方は少ないかもしれません。しかし日本の製菓業界では、この人物こそが「お菓子の神様」として知られています。3月12日の「だがしの日」は、その田道間守公の命日に由来しています。
田道間守は『日本書紀』にも登場する伝説の人物です。第11代・垂仁天皇の命を受け、不老長寿の霊菓「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」、すなわち橘(みかんの祖先)を求めて「常世の国」へ旅立ちました。10年という歳月をかけて橘を携え帰国したものの、その時すでに垂仁天皇は崩御されていました。田道間守は天皇の陵に橘を供え、悲しみのうちに生涯を終えたと伝えられています。この故事から、田道間守は菓祖・お菓子の神様として崇められるようになりました。
3月12日を「だがしの日」と定めるよう提唱したのは、和歌山県海南市にある橘本(きつもと)神社の前山和範宮司です。田道間守公を祀るこの神社の宮司が「命日を記念日に」と発案し、岡山県笠岡市(後に瀬戸内市)に事務局を置く「DAGASHIで世界を笑顔にする会」が2015年(平成27年)に正式制定、日本記念日協会にも認定・登録されました。なお、「駄菓子の日」ではなく「だがしの日」とひらがな表記にしたのは、子どもたちにも読みやすくするための配慮からです。
記念日の目的は二つあります。一つは日本の精神・文化が凝縮された駄菓子業界の活性化。もう一つは「DAGASHI」を世界平和のキーワードとして世界中の人々に伝えること。一粒数円から買えるラムネやよっちゃんイカが、国際的な文脈で語られているのは意外に感じる方もいるかもしれませんが、駄菓子はその安さゆえに世界中の子どもたちが分け合える食文化として注目されています。
田道間守ゆかりの地では毎年4月に「菓子祭」が行われています。橘本神社(和歌山県海南市)のほか、兵庫県豊岡市の中嶋神社でも同様の祭事が催されており、製菓業界の関係者や参拝者が全国から集まります。3月12日の「だがしの日」と合わせて、日本における菓子文化の歴史の深さを実感できる機会です。