花幻忌 (記念日 3月13日)
1951年(昭和26年)3月13日、詩人・小説家の原民喜(はら たみき)が45歳で鉄道自殺により亡くなりました。「花幻忌」は、平和記念公園の原爆ドーム横に建つ詩碑に刻まれた4行詩「碑銘」の末尾、「一輪の花の幻」という一節に由来する忌日の名称です。この日を中心に、原民喜を偲ぶ集いが開催されてきました。
原民喜は1905年(明治38年)11月15日、広島市中区幟町生まれ。慶應義塾大学英文科卒業後、1935年(昭和10年)に小品集『焔』を自費出版し文筆活動を本格化させました。
1944年(昭和19年)に妻が死去。翌年、疎開先の広島で原爆に被災します。爆心地から約2キロの幟町にいた民喜は一命を取り留めたものの、目の前に広がる惨状を目の当たりにしました。その体験を基に書いた小説『夏の花』(1947年)は、抑制された筆致で原爆の惨状を描き、水上滝太郎賞を受賞しました。その後も詩集『原爆小景』(1950年)をはじめ、『廃墟から』『壊滅の序曲』『鎮魂歌』などを次々と発表。自らの体験を後世に伝えることを使命として書き続けましたが、1950年(昭和25年)の朝鮮戦争勃発が新たな打撃となり、小説『心願の国』を残して翌1951年3月13日、東京・西荻窪の線路上で命を絶ちました。
平和記念公園の詩碑には「碑銘」の全文が刻まれており、「遠き日の石に刻み/砂に影おち/崩れ墜つ/天地のまなか/一輪の花の幻」という5行が今も読み手に戦争の記憶を問いかけています。原爆ドームのほど近くに立つこの詩碑は、民喜の没後間もない1951年11月15日——奇しくも生誕46年の命日——に建立されました。広島を訪れた際には、ドームと並んで足を運ぶ価値のある場所です。
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