食品サンプルの日 (記念日 3月26日)
「本物そっくりだ、でも食べられない!」——日本を訪れた外国人観光客が飲食店の店頭で思わず足を止め、スマートフォンを取り出す光景はすっかりおなじみになりました。蝋や合成樹脂でできた料理の模型、食品サンプルは今や日本を代表するクールジャパンのひとつとして世界に知られていますが、その歴史は大正末期から昭和初期にさかのぼります。食品サンプルを初めて事業として成立させたのは、いわさきグループの創業者・岩崎瀧三です。1932年(昭和7年)、瀧三は食材模型を目にした際、子どものころ蝋を水に落として花のように咲かせて遊んだ記憶を呼び起こし、「これは蝋でできている」と直感しました。妻・すゞと二人三脚で試行錯誤を重ね、迫力ある模型の製造方法を確立。岩崎製作所を創業し、食品サンプルを日本全土へ普及させる道を切り開きました。
食品サンプルが外食産業に根づいた背景には、メニューを言葉だけで伝えることの難しさがありました。昭和初期、急速に発展した大衆食堂では、客が料理の見た目を事前に確認できることが注文の大きな後押しとなりました。文字が読めなくても、方言が違っても、サンプルがあれば「これをください」と指させる。その実用性こそが、食品サンプル文化を飲食業界全体に広めた原動力でした。
技術面でも食品サンプルは進化を続けています。初期は蝋が主な素材でしたが、劣化しにくい塩化ビニールや合成樹脂が普及するにつれ、色彩表現や質感の再現度が飛躍的に向上しました。現在では揚げ物の衣のざらつき、レタスの透け感、スープの湯気まで表現できる職人技が確立されており、一品を仕上げるまでに高度な手作業が求められます。いわさきグループは国内市場の約7割を占め、食品サンプル業界をリードし続けています。
近年は外食産業向けの業務用製品にとどまらず、一般向け市場にも広がりを見せています。スマートフォンケースや食品サンプル体験教室など、観光コンテンツとしての需要も高まり、浅草の「元祖食品サンプル屋」には外国人観光客が列をなす日も珍しくありません。東南アジアへ進出する日本の飲食チェーンとともにサンプル文化も海を渡り、日本発の視覚的食文化として世界各地に根を張りつつあります。
「食品サンプルの日」は「サン(3)プ(2)ル(6)」の語呂合わせにちなみ、3月26日に制定されました。2022年(令和4年)に日本記念日協会に認定・登録されたこの記念日は、いわさきグループ各社が発案したもので、大正末期に日本の職人が生み出したこの文化をさらなる未来へとつなぐ想いが込められています。