世界演劇の日 (記念日 3月27日)
1962年3月27日、パリで開幕した「シアター・オブ・ネイションズ」の舞台に立ったのは俳優ではなく、一人の詩人だった。フランスの芸術家ジャン・コクトーが世界の舞台人へ向けて綴った最初のメッセージが、「世界演劇の日」の幕を開けた。コクトー自身も映画、詩、絵画、バレエと多分野を横断した表現者であり、その言葉は演劇という枠を超えて芸術そのものへの賛歌だったと伝えられている。この記念日が生まれた発端は、1961年にウィーンで開催されたITI(国際演劇協会)の総会にまで遡る。提案したのはITIフィンランド・センターの代表アルヴィ・キヴィマーで、「世界の舞台人が舞台芸術への思いを共有する日を」という一文から始まった。フィンランドという、地理的にも文化的にも欧州の周縁に位置する国からの声が、演劇の国際的な記念日として結実したことは興味深い。
制定の背景には、ITIが1954年からパリで開催してきた「シアター・オブ・ネイションズ」の蓄積があった。歌舞伎、京劇、ベルリナー・アンサンブル、モスクワ芸術座——冷戦が深刻化しつつあった時代に、政治的対立を超えて各国の演劇が同じ舞台に集まったこのフェスティバルは、文化外交の実験場でもあった。世界演劇の日はその精神を毎年3月27日という形で継承している。
記念日の中心となるのが、ITIが世界の著名な演劇人に依頼するメッセージだ。1963年にはアーサー・ミラー、1969年と1988年の二度にわたってピーター・ブルック、2010年にはジュディ・デンチが寄稿した。受け取る側も発信する側も、演劇を職業とする者であるだけでなく、時代と社会に対して発言してきた人物ばかりだ。メッセージは演劇論にとどまらず、平和、対話、人間の尊厳へと広がることが多い。
毎年3月27日を前後して、各国のITI加盟センターが記念イベントを開催する。日本でもITI日本センターを通じてその取り組みが続いており、世界の舞台芸術をめぐる対話に日本の演劇界も加わっている。演劇は言語や国境を最も直接的に問われる芸術形式でありながら、それを乗り越えようとする力もまた最も強い。世界演劇の日が60年以上にわたって続いてきたのは、その逆説的な可能性を信じてきた人々がいたからだろう。