愛子忌 (記念日 4月1日)

愛子忌

29歳で世を去った俳人・森田愛子(もりた あいこ)の忌日は、1947年(昭和22年)4月1日です。高浜虚子の孫弟子として才能を開花させながら、結核という病に阻まれた短い生涯でした。虚子はその生き様を小説『虹』(1947年)のモデルとし、愛子の死と同じ年に世に出しています。

1917年(大正6年)11月18日、福井県坂井市三国町に生まれた愛子は、福井県立三国高等女学校(現:福井県立三国高等学校)を卒業後、東京の女子大学へ進みました。もともと体が丈夫ではなく、療養のために鎌倉へ移り住んだことが、俳句との出会いをもたらします。鎌倉でホトトギス派の俳人・伊藤柏翠と知り合い、その門下に入ったのです。伊藤柏翠は高浜虚子の弟子でしたから、愛子は虚子にとって孫弟子にあたります。虚子はこの若い女性俳人を格別にかわいがったといいます。美人で聡明、そして抒情的な句風を持つ愛子の存在は、虚子の目にも鮮やかに映ったのでしょう。句集『虹』は伊藤柏翠との共著として残されており、鎌倉での短い俳句生活の結晶です。

結核を患いながらも句を詠み続けた愛子は、29歳という若さで生涯を閉じました。虚子の小説『虹』は、その病弱な日々をモデルとしており、愛子の生涯と虚子の作品は切り離せない関係にあります。師が小説を書き、弟子が句集を遺し、どちらも同じ年に世に出たという事実には、奇妙な符合を感じずにはいられません。

2018年(平成30年)には生誕100年を記念して、故郷・坂井市の「みくに龍翔館」で企画展が開かれました。愛子の俳句とともに、虚子の著書『虹』に関する資料も展示され、地元から彼女の功績を改めて照らし直す試みがなされました。福井の土地に生まれ、鎌倉で俳句と出会い、29年の生涯に句と小説の両方で名を刻んだ俳人の記念日です。