交通反戦デー (記念日 4月4日)
昭和45年(1970年)、日本の交通事故死者数は1万6,765人に達しました。高度経済成長期に急増した自動車と未整備の交通インフラが重なり、社会はこの時代を「交通戦争」と呼びました。その後、法規制の強化や道路整備、シートベルト着用の普及などが進み、死者数は昭和51年にいったん1万人を下回るまでに減少しました。減少傾向が続いたことで、交通安全対策の効果が着実に出ているとみられていました。
しかし昭和55年(1980年)、その流れに異変が生じました。昭和54年の約8,466人から昭和55年には約8,760人へと増加し、「交通戦争」の再燃が現実として意識され始めました。この再増加が、翌年の「交通反戦デー」制定の直接的な引き金となりました。
1981年(昭和56年)4月4日、東京都の「交通遺児を励ます会」が交通反戦大会を開催し、この日を「交通反戦デー」と定めました。日付に「4」が重なるのは偶然ではありません。「4」が「死」を連想させることから意図的に選ばれており、春休み中で児童や生徒も参加しやすいという実務的な理由も重なっています。「交通」という名の「戦争」による「死」を返上しようという意志が、この日付に込められています。
交通遺児とは、交通事故で親を失った子どもたちを指します。高度成長期の事故多発を背景に交通遺児支援の活動は1960年代後半から広がり、「励ます会」のような民間団体が事故防止の啓発にも踏み出したのは、事故そのものをなくそうとする意識の表れでした。
その後、飲酒運転規制の強化や車両安全技術の進歩が重なり、死者数は長期的な減少傾向へと転じていきました。2023年には2,678人まで減少し、ピーク時の約6分の1となっています。