美術展の日 (記念日 4月9日)

美術展の日

1667年4月、パリのパレ・ロワイヤルに、見慣れない人だかりができました。フランス王立絵画彫刻アカデミーの会員たちが、自分たちの作品を一般の人々に向けて公開したのです。これが、世界で初めて開かれた「美術展」とされています。

この展覧会を主導したのは、ルイ14世の財務総監コルベールと、宮廷画家シャルル・ル・ブランでした。コルベールはイタリアに対抗できるフランス独自の文化的権威を築くため、王立アカデミーを国家事業の中核に据えようとしていました。美術展の開催は、そのための重要な一手でした。当時のフランスでは、絵画や彫刻の公開展示という発想そのものがまだ存在しておらず、芸術作品は王侯貴族の宮殿か、教会の中にしかないものでした。

しかし、肝心の反応は冷ややかなものでした。展覧会は同月23日まで開かれましたが、市民たちはほとんど関心を示しませんでした。美術を鑑賞するという習慣も文化も、当時の民衆にはまだ根付いていなかったのです。芸術は王や貴族が注文し、贈り、飾るものであって、街の人々が足を運んで眺めるものとは考えられていませんでした。その後もアカデミーは隔年で展覧会を続けましたが、反響はなかなか高まりませんでした。

転機が訪れたのは、18世紀に入ってからです。1725年に展示会場がルーヴル宮殿内の「サロン・カレ(方形の間)」に移されると、この展覧会は「サロン」と呼ばれるようになりました。1737年以降は定期的な開催が定着し、ディドロやボードレールといった批評家たちが鋭い論評を書くことで、サロンはパリの文化的な中心として機能し始めます。出品作品への批評が新聞や冊子で広まるにつれ、芸術を語り、論じるという文化が社会に浸透していきました。

やがてサロンは、芸術家の登竜門として絶大な権威を持つようになります。しかし19世紀になると、その保守的な審査に反発した芸術家たちが独自の展覧会を開くようになりました。1863年の「落選展」や、1874年の印象派の第1回展がその代表です。世界初の美術展が蒔いた種は、体制への反骨という形でも花を開かせたと言えます。

現在、世界各地で当たり前のように開かれている美術展やアートフェアは、1667年のパリで始まった実験の延長線上にあります。不評に終わった最初の試みが、時代を超えて「美術を公開し、大勢の人に見てもらう」という文化の礎になりました。