飯田・下伊那の日(五平もち記念日) (記念日 4月17日)
「4(シ)1(モ)7(イナ)」という語呂合わせから、4月17日は「飯田・下伊那の日(五平もち記念日)」です。長野県飯田市が、地域を代表する郷土料理・五平もちをPRするために制定したこの日、実は五平もちには「お餅」が一切入っていません。潰したうるち米を串に刺し、香ばしいたれで焼き上げた料理なのですが、その名前の響きから「お餅の一種」と思っている人は少なくないはずです。
五平もちの名前の由来には、いくつかの説があります。ひとつは、神道の祭具「御幣(ごへい)」に形が似ているという説。薄く広げたご飯が串に刺さった姿が、紙垂(しで)を挟んだ御幣にそっくりなことから「御幣餅」とも書かれます。もうひとつは、五平・五兵衛という人物(木こりや猟師、大工など諸説あり)が山仕事の合間に飯を潰して味噌をつけて焼いたのが始まりとする伝承です。さらに飯田では、約400年前に美濃から峠越えしてきた「五平」という老人が伝えたという話も残っています。
飯田・下伊那地方の五平もちが面白いのは、その形の多様さにあります。五平もちの形は中山道を境に北が団子形、南がわらじ形に大きく分かれるとされていますが、飯田ではわらじ型・眼鏡型・御幣を模した波形など複数の形が共存しており、ひとつの地域でこれだけバリエーションを楽しめるのは南信州だけといわれています。米が贅沢品だった時代、五平もちはハレの日の食べ物でした。農村では新穀の収穫への感謝と豊作の祈りを込めて神前に供え、祭りや祝いの席に並べる特別な一品だったのです。たれも醤油ベース・味噌ベース・くるみ入りなど地域や家庭によって異なり、レシピは各家に伝わる「家の味」として守られてきました。現代でも飯田の観光スポットや道の駅で気軽に食べられますが、その一口には長い歴史と地域の誇りが詰まっています。