ミス日本の日 (記念日 4月22日)
1950年(昭和25年)4月22日、読売新聞社の主催で第1回「ミス日本コンテスト」が開催されました。このコンテストは、太平洋戦争後に日本へ届けられた連合国救済機関(LARA)の支援物資への感謝を伝える女性親善大使を選ぶ目的で始まったとされています。全国12都市のミス対抗という形式で行われ、初代グランプリに輝いたのが山本富士子です。山本はその後、大映に入社して女優としての道を歩み、昭和を代表する映画女優の一人となりました。戦後のミスコン出身女優の第1号とも言われています。
「ミス日本」の正式な読み方は「ミスニッポン」です。英語表記の発音ではなく、日本語の国名「ニッポン」を採用している点に、このコンテストの性格がよく表れています。日本国内に完結するコンテストであり、世界大会への参加を目指す「ミス・ユニバース」や「ミス・インターナショナル」とは根本的に目的が異なります。
現在のコンテストでは、外見だけでなく選考基準が三つの美に整理されています。身体のプロポーションや美貌といった外見の美、理性や知性を示す内面の美、そして社会をより良くするための行動力の美です。応募資格は日本国籍を持つ17歳から26歳までの未婚女性で、身長155cm以上という条件が設けられています。
表彰項目はグランプリだけにとどまりません。「水の天使」「みどりの女神」「海の日」「ミス着物」、そして準ミス日本という区分があり、それぞれ異なるテーマを担う女性を選出する仕組みになっています。こうした多様な部門設定は、単一の美の基準を競うコンテストとは一線を画す形です。
4月22日の「ミス日本の日」は、東京都新宿区に事務局を置く一般社団法人ミス日本協会が制定し、2017年(平成29年)に一般社団法人・日本記念日協会によって認定・登録されました。1950年の第1回開催から数えると、70年以上の歴史を持つコンテストの記念日として、その意義を広く伝えることを目的としています。