市町村制公布記念日 (記念日 4月25日)

市町村制公布記念日

1888年(明治21年)4月25日、「市制」と「町村制」が公布されました。この2つの法律が、現代日本の地方自治の原型となる市町村制度を形作りました。施行前年の1888年から翌1889年にかけて、全国に約71,000あった町村が、わずか1年余りで約15,000にまで整理・統合されています。この大合併は「明治の大合併」と呼ばれ、法律の施行に先立つ行政準備として断行されました。

合併の基準は「1町村300〜500戸程度」で、新制度のもとで各市町村が教育・戸籍・租税徴収・土木・救貧といった行政事務を自力で遂行できる体制の確立が目的でした。

施行は全国一斉ではなく、1889年(明治22年)4月1日以降に順次行われました。北海道・沖縄県・指定の島嶼はこの制度の対象外とされています。三大都市(東京・大阪・京都)では、旧来の「区」がそのまま市に移行せず、新たに市が設置され、区はその下位区画へと再編されました。東京府の場合は府内に東京市を新設し、旧15区(麹町区・神田区・日本橋区・京橋区・芝区・麻布区・赤坂区・四谷区・牛込区・小石川区・本郷区・下谷区・浅草区・本所区・深川区)の区域をそのまま市域としており、現在の東京23区の前身はこの体制に端を発しています。

市制・町村制の制定を主導したのは内務卿・山縣有朋らで、プロイセン(現ドイツ)の地方制度を参考にしたとされています。自治権を付与しつつも内務大臣・府県知事による監督権を法律上明記することで、中央集権と地方自治のバランスが図られた設計でした。それまでの郡区町村編制法下では区・町・村はあくまで行政区画にすぎませんでしたが、市制・町村制の施行によって市町村は法人格を持つ地方公共団体となり、権限と責任が明確に付与されました。明治の大合併により生まれた約15,000の市町村は、昭和の大合併(1953〜1956年)を経て約3,500に、さらに平成の大合併(1999〜2010年)を経て約1,700台にまで減少しています。1888年の市制・町村制公布は、こうした長い市町村行政の歴史の出発点にあたります。