佐久鯉誕生の日 (記念日 1月6日)

佐久鯉誕生の日

江戸時代中期の1746年(延享3年)正月6日、信州佐久の豪農・篠澤佐吾衛門包道が伊勢神宮の神主を自邸に招き、鯉料理を振る舞いました。この記録が現在まで残る「佐久鯉」の最古の文献とされており、その子孫である佐久ホテル社長・篠澤明剛氏が記念日を制定。一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録されました。

佐久鯉が育まれた舞台は、長野県東部・佐久盆地を流れる千曲川(信濃川)の上流域です。標高700メートル前後の内陸性気候は昼夜の寒暖差が大きく、アルプスや八ヶ岳に源を発する清冽な湧き水が豊富に湧き出します。この冷水の中でゆっくり育つため、食用サイズになるまでに3〜4年の年月がかかります。成長が遅い分だけ身が締まり、川魚特有の臭みがほとんどないのが佐久鯉最大の特徴です。水田を活用した養殖の形態も長くこの地に根付いており、農業と鯉養殖が一体となった独自の食文化が形成されてきました。

佐久地域での鯉料理は多彩です。正月に欠かせないのが「鯉こく」で、大胆に筒切りにした鯉を味噌で煮込んだ汁物。脂がのった身がほろりとほぐれ、味噌の風味と溶け合います。「甘露煮」は醤油・砂糖・水飴で40分以上かけて煮詰め、照りを出した保存食で、贈答品としても広く流通しています。刺身や洗いで食べる文化もあり、臭みの少ない佐久鯉ならではの楽しみ方です。

昭和初期には全国一の生産量を誇り、品評会で最高位を獲得。宮内省と陸軍のご用達という公式認定を受けました。

現在は長野県の「おいしい信州ふーど」にも認定され、地域ブランドとして保護・振興が続けられています。佐久市内の老舗料理店や旅館では今も鯉料理を専門に提供しており、278年前に神主へ振る舞われた一皿の記録が、現代の食卓へとつながっています。