正月事納め (年中行事 1月8日)
関東では1月7日、関西では1月15日。正月飾りを取り外す「松の内」の終わりが地域によって異なるのは、江戸幕府が出したひとつの通達が発端です。「正月事納め」は、この松の内の期間に飾られた門松や注連縄(しめなわ)を片付け、正月行事を締めくくる日です。
正月行事には「始め」と「納め」があります。「正月事始め」は12月13日で、「煤(すす)払い」(大掃除)や「松迎え」(門松用の松を山から切り出すこと)など、正月の準備に取りかかる日とされてきました。それに対し「正月事納め」は、飾り終えた正月の象徴を丁寧に取り外し、日常へ戻る区切りの日です。
かつて松の内は1月15日の「小正月」までとするのが全国的な習わしでした。それが関東で7日に短縮されたのは、寛文2年(1662年)に江戸幕府が出した通達によります。当時の江戸は毎年1〜2月に大火が相次いでおり、燃えやすい門松や藁製の注連縄を少しでも早く片付けさせたいという防火上の事情がありました。さらに、3代将軍・徳川家光が4月20日に没したことで、同じ20日に行われていた鏡開きが「命日に刃物を使うのは不吉」として11日へ繰り上げられます。11日はまだ松の内の期間中であるため、「年神様が宿る場に鏡開きは無礼」として、松の内そのものを7日までに短縮する通達が改めて出されたとされています。
この通達は幕府の膝元である関東には確実に浸透しましたが、遠く離れた関西や東北・北陸などには行き渡りが緩く、旧来の15日が今も根強く残っています。現在も秋田や岩手の一部、京都・大阪などでは15日を「松の内」の終わりと定めており、それぞれの地域でどの日が「正月事納め」にあたるかが変わってきます。
飾りを外した後は、神社などで行われる「どんど焼き」(左義長)へ持ち込み、焚き上げてもらうのが正式な作法とされています。どんど焼きはおおむね1月15日の小正月前後に各地で行われます。年明けから松の内まで、正月という特別な時間に区切りをつけ、日常へ静かに帰っていく——正月事納めにはそのような意味合いが込められています。