コッペパンの日 (記念日 毎月10日)

コッペパンの日

「コッペパン」という名前を聞いて、真っ先に浮かぶのは学校給食の光景かもしれません。しかしこのパンには、明治から大正にかけて一人の職人がアメリカで技術を学び、日本に持ち帰った長い歴史があります。その人物が、全日本丸十パン商工業協同組合の始祖である田辺玄平翁です。田辺翁はアメリカで製パン技術を習得し、1910年(明治43年)に帰国。1913年(大正2年)、東京・下谷黒門町に「丸十ぱん店」を開きました。当時の日本では、パンといえば天然酵母や重曹を使うものが主流でした。翁が持ち込んだのはイースト(パン酵母)による製法で、これによってふっくらと軽い食感のパンが焼き上がるようになりました。このコッペパンの元祖ともいえる一品が、後に日本のパン文化を大きく塗り替えていきます。

「コッペ」という言葉の語源については諸説あります。フランス語の「coupé(クーペ=切られた)」に由来するとする説が有力で、焼成前に生地にナイフで切り込みを入れる製法との関係が指摘されています。ドイツ語の「Koppe(山、丘)」が形状に由来するとする説もあり、いずれにしても西洋から持ち込まれた言葉が日本語に定着したものです。丸十パンが「コッペパン」の名を広めたことで、その呼び名は日本全国に根付きました。

コッペパンが国民的な食べ物となった転機は、1950年の学校給食への導入です。戦後の食糧難の時代に、安価で栄養を補いやすく、大量生産にも向くコッペパンは給食の主食として全国の小学校に広まりました。世代を超えて「給食のパン」として記憶されているのはこのためです。形もシンプルで具材を挟みやすいため、ジャムやマーガリン、あんこやコロッケと組み合わせる食べ方が各地に生まれ、地域ごとの定番の組み合わせが今も語り継がれています。

全日本丸十パン商工業協同組合は、毎月10日を「コッペパンの日」と定めています。10日という日付は、丸十の「十」にちなんだものです。2013年(平成25年)が翁の創業からちょうど100周年にあたることを機に制定され、一般社団法人・日本記念日協会に認定・登録されました。明治の終わりに一人の職人が海を渡って持ち帰った技術が、100年後も記念日として語り継がれている——コッペパンはそういう食べ物です。