塩の日 (記念日 1月11日)
「敵に塩を送る」という言葉の語源として知られるこの逸話が、実は史実としての確証を欠いていることは、現代の研究者の間でほぼ一致した見解です。1月11日は「塩の日」として知られ、1569年(永禄11年)に上杉謙信が宿敵・武田信玄の領民へ塩を送ったとされる日に由来しています。
事の発端は、武田信玄が1568年に今川氏との同盟を破棄したことです。これに怒った駿河の今川氏真は「塩留め(塩止め)」を断行し、甲斐・信濃など武田領への塩の流通を遮断しました。海を持たない内陸の国にとって、塩の途絶は領民の生死に直結する問題でした。塩は食料の保存や人体の機能維持に欠かせず、供給が止まれば農民も兵士も生きていけません。武田信玄がいかに軍略に優れていても、塩なしでは領国の維持すら困難だったのです。この状況に対し謙信が「争うべきは弓矢によってであり、米や塩ではない」として越後から塩を送ったというのが伝承の内容です。
しかし現代の歴史研究では、上杉方が塩を送ったことを示す同時代の文書は確認されていません。謙信と信玄は川中島の戦いなど長年にわたって激しく戦っており、両者の間には依然として深い緊張関係がありました。信玄への積極的な支援が行われたとするには、当時の情勢と整合しない面があります。
この逸話が広く知られるようになったのは江戸時代以降とされており、講談や軍記物を通じて美談として定着していったと考えられています。史実か伝説かという問いに対し、現在の通説は「後世に形成された物語」という方向を向いています。
それでも「敵に塩を送る」という言葉自体は現代語として確実に定着しており、対立関係にある相手の本質とは無関係な苦境には手を差し伸べるという意味で広く使われています。逸話の史実性とは切り離して、言葉そのものが独立した生命を持つに至った例と言えます。